【地球と火星の大気はどう違うのか】
リュウグウのサンプル分析の話が挟まりましたが、さて火星の大気の話に戻りましょう。「火星の大気 その2――火星には雨が降らない(1)」をまず読み返してください。そこでは、地球の雨がどういうメカニズムで降るのかを学習しました。火星で雨が降らないとすれば、火星の大気が地球とどこか違っているところがあるに違いありません。この2つの惑星は、図1のように見た目にもずいぶん違っていますが、特に大気の違いの主なものについて、今回は勉強しましょう。
雨が降らないなら火星には水がないのかなと思ってしまいますね。でも火星の大気には、実は水蒸気がわずかながら(0.03%くらい)存在していることが分かっているのです。因みに地球の大気に含まれている水蒸気は約1%です。火星の大気は二酸化炭素が主成分で、95.3%を占めています。次に多いのは窒素で2.7%です。地球の大気と火星の大気の成分の違いを表にしておきます(表)。
もう一つの大きな違いは、火星には地球の100分の1くらいしか空気がないということです。それは大気圧の違いとなって見事に現れます。地球の地表面の平均気圧が1013 hPa(ヘクトパスカル)つまり1気圧なのに対し、火星の地表面気圧は約6 hPa(約0.06気圧)なのです。火星に行くと、私たちは、薄い大気で酸素の少ない中で生きなければならないから大変そうですね。
地球では、暖められた空気が水蒸気を含んだまま上昇し、上空で冷やされて小さな塵を核として水滴になります。そんな水滴や氷の粒が集まると「雲」ができるんでしたね。そんな水滴や氷の粒がどんどん増えていくような大気の状態だったら、水や氷の粒が合体して大きく成長し、重くなって落ちていく。それが雨や雪になるわけです。落ちるのが水滴なら雨、氷の粒なら雪になります。
火星で雨が降らないとすると、火星には雲ができないのでしょうか。実は、火星にも雲ができるんです。図2はアメリカの火星ローバー「キュリオシティ」が撮影した火星の雲です。でも残念ながらこれは二酸化炭素の雲です。
さきほどの表からも分かるように、火星の大気は水蒸気(表では水)を少ししか含んでいない(0.03%──つまり乾燥している)から水の雲ができにくいことは確かでしょうね。でも時には水(H2O)の雲が観測されることもあるんです。図3は、1999年にアメリカの「マーズ・グローバル・サーベイヤー」という探査機がとらえた水(H2O)の雲です。
えっ?! じゃあ雨が降ってきそうなものですね! ところが、これは水は水でも、液体の水の雲ではなくて、氷なのです。火星の大気の中の水蒸気が液体の水にならず、氷の粒になり、集まって雲ができたのです。では雪なら降るんじゃないか? そうです。雨は降らないけど、雪は降るらしい。
2008年、NASAの火星探査機フェニックスが、高度約4㌔にある氷の雲とその雲から降る雪を、レーザーで検出しました(図4)。図4の縦軸が高度、横軸が時間。
このとき、火星の気候は暖かい時期だったので、この雪は凍った二酸化炭素(ドライアイス)ではなく水を主成分とするものであると研究者は結論づけました。白い矢印で示された筋が雪ですね。この筋は、雲から落ちてくる氷の結晶で、筋が曲がっているのは風にあおられているのです。火星の赤い大地に白い雪がチラホラと舞う姿──情緒たっぷりの光景を見てみたいですね。
この雪は地表に届かないで蒸発してしまったのですが、今後の観測で、火星の雪が地表に到達するのを見つけたいと研究者たちは張り切っています。さて、それではなぜ火星では液体の水滴の雲ができないのか。次回はその秘密を考えて、火星の雨と雪についての議論を締めくくることにしましょう。(つづく)