「はやぶさ2」第2回の着地に成功──世界初、地下のサンプルを採取
「はやぶさ2」は、7月11日午前10時6分過ぎ(リュウグウ時間)、小惑星リュウグウへの2回目のタッチダウンに成功、4月5日の人工クレーター作製時に飛び散った、小惑星地下の風化していない岩石のサンプル採取に成功した模様です(図1)。ふたたび世界初の快挙です。今もチームの「はやぶさ2」との交信は忙しくつづけられていますが、大きく見れば、2月22日の第1回のタッチダウンの際に採取したサンプルと合わせ、収納したカプセルの地球帰還を一日千秋の想いで待つ段階がやってきました。それは2020年の暮れ──東京オリンピックの余韻が冷めた頃になる見通しです。
【慎重を極めた降下作戦の変更】
今回着陸の目標にしたのは、2月22日の第1回着陸地点から約800m離れた直径約7mの領域。4月5日に作った人工クレーターからは約20m離れていて、クレーター形成の際に、地下の砂や岩石が約1 cmほど積もったとみられています。周辺には、ぶつかれば機体損傷の恐れのある高さ1メートル以上の岩の塊も多くあり、精密な運用が求められました(図2)。何しろ「はやぶさ2」よりもはるかに大きな岩石がゴロゴロしているんですから。
もう一つ非常に困難な状況がありました。1回目は直径6mの狭い領域内に精度よく着陸できましたが、その際に噴き上げられた砂ぼこりが「はやぶさ2」下部の機器にこびりついて、目印の「ターゲットマーカー」を捉えるカメラなどが曇っていたのです。感度が落ちているため、投下しておいたターゲットマーカーを見つけられない恐れがあります。このカメラは上空30mで初めて起動します。もし、はやぶさ2がターゲットマーカー上空に正確に到達できておらず、この目印を見つけられなければ、自動で着陸を断念して引き返すことになっていたのです。
というわけで、1回目より低い位置でマーカーを捉えることにしました。チームは、地球からの指示に沿って探査機を降下させる時間を延ばし、完全な自律運用を始める高度を前回の約45mよりも下げることにしました。さらに、低高度での機体の向きや姿勢、位置の変更を一度に実施して、運用時間の短縮を図るという工夫もしました。
加えて、「はやぶさ2」の動きの精度を高めるため、佐伯孝尚プロジェクト・エンジニアたちは、12基の姿勢制御装置のそれぞれの癖まで調べ、「センチ単位の精度で乗りこなせるようになった」そうです。万全の態勢が整いました。
【成功するかどうかのカギを握るポイント】
この結果、着陸の成功確率はわずかに下がると想定されていました。低高度でのオペレーションの予定スケジュールは図3のようなものですが、成否のポイントは、①ターゲットマーカーをとらえる高度を下げると、カメラの感度の問題は解消できますが、視野が狭まるため、「はやぶさ2」がうまくターゲットマーカーを見つけられるかどうか、②高度30mから8.5mまで降下する間に、LRF(近距離高度計)への切り替えがすばやくできるかどうか、 ③低高度で機体の向き、姿勢、位置を一度に変更する動作を計画通りにできるかどうか、 などなど。
これらの中でも、ターゲットマーカーを見つけられるかどうかが最も大きな山場になり、そのターゲットマーカーの真上に「はやぶさ2」をピンポイントで誘導できるかどうかに、大きな注目が集まっていたと言えます。
【2回目タッチダウン実況】
降下の様子は、リアルタイムの画像付きでJAXAホームページで実況されていました。以下にその概略を述べておきましょう。時刻はすべて神奈川県相模原市の管制センターで確認した時刻です。「はやぶさ2」との交信に要する時間は、片道約13分半なので、事件の起きた「リュウグウ時間」はそれだけさかのぼった時刻です。
●7月10日午前11時1分ごろ、ホームポジションの高度20 kmから降下を開始しました。降下開始を前に、津田雄一・プロジェクト・マネジャーは「いよいよこの日が来ました。非常に重要なマイルストーンですが、だからこそ、これまで通り冷静な判断でやっていきましょう。そして明日、はやぶさ2にもう一度リュウグウを触らせてあげましょう」とチームのメンバーに語りかけました。そして秒速40cmでおもむろに降り始めました。
●7月10日午後9時すぎ、高度5000メートル付近で、秒速40cmから秒速10cmに落とすことに成功しました。次のチェックポイントは、高度500~300m付近で、相模原の管制センターから「はやぶさ2」に最終的な着陸指示を出せるかどうか。7月10日の夜を徹して、息づまる運用がつづきます。
●7月11日の夜が明けました。午前8時56分、高度300m。9時4分に管制センターでチェックの結果、探査機・地上系とも正常であることを確認し、相模原から「はやぶさ2」に向け、「着陸へゴー」の指令が出されました。
●9時18分、高度250 m。9時26分、高度200m。9時41分、高度100m。管制室の大きなスクリーンには、リアルタイムのドプラー・モニターの画面が映し出されています。視線方向の速度をモニターしています。
●9時46分、高度75m。9時51分、高度50m。9時54分、高度30m。「はやぶさ2」は完全な自律的な運用に切り替わりました。そしてこの時点で、「はやぶさ2」がホバリングを開始していることが確認されています。ということは、最大のカギとなるターゲットマーカーの捕捉に成功したということ!
●10時、依然としてホバリング中。10時1分、「はやぶさ2」が再びゆったりと降下を開始しました。10時6分、降下をつづけています。10時7分、高度の計測をLRF(レーザー・レンジ・ファインダー:近距離高度計)に切り替えることに成功。その正確なデータをもとに、10時9分、ターゲットマーカーの真上8.5mに到着し、再度ホバリングをしながらリュウグウの地面の角度に「はやぶさ2」の下面が沿うように傾きを調整し、岩に機体がぶつからないよう横の姿勢も変えるなど姿勢制御を実行しています。カメラが切り替わった時、ターゲットマーカーは画面のど真ん中にあったそうです。見事な腕前でした。
●10時18分、さあ、いよいよ最終降下開始! ターゲットマーカーを横目で睨みながら、ターゲットマーカーの南西2.6 mにある比較的平らな場所をめざします。
●10時20分、「はやぶさ2」が上昇に転じました! この時点ではアンテナがLGA(低利得)です。あの「はやぶさ2」の上面にある高性能の高利得アンテナ(HGA)に切り替われば、テレメトリ・データが送られてくるので、上記の10時18分に最終降下を開始してから2分後に上昇に転じるまでの2分間に何が起きたかが判明します。
●10時27分、まだアンテナはLGAです。相模原の管制センターは緊張でいっぱい。
●10時39分、アンテナがHGAに切り替わりました。テレメータのデータが続々と届いています。
●10時51分、「はやぶさ2」の状態が正常であること、そして物質を採取するときに弾丸を撃つ機器付近の温度が約10度上がっていたことも判明しました。弾丸は発射され、すべてが計画通りに実施されたことが確認されたのです。タッチダウン・シーケンスは完璧に遂行されました。そして津田雄一プロジェクト・マネジャーが、「第2回タッチダウンの成功を確認しました」と宣言しました。
【カメラがとらえた「そのとき」】
「はやぶさ2」に搭載したカメラと広角の航法用カメラとが、着地前後の表面の様子を写しだしています。図4は、着地4秒前→着地の瞬間→着地の4秒後を、搭載した小型モニター・カメラで撮影したものです。着地の瞬間に少し埃のような影が見え、4秒後には砂などが派手に飛び散っていますね。
また図5は、搭載した広角航法カメラで着陸後に撮影したものです。生々しい着陸・弾丸発射の痕跡が現れているように見えます。
【その時の管制センター】
「"はやぶさ2"が我々の思いをくみとって動いてくれた」──JAXA宇宙科学研究所の研究総主幹である久保田孝さんは笑顔で語っています。また、「"はやぶさ2"の動きは、事前のシミュレーションとほぼ一致しており、(これは)リハーサルじゃないかと思うほどだった(笑)」と振り返っています。
宇宙科学研究所の管制室は80人を超えるメンバーで埋め尽くされ、「はやぶさ2」から届くデータを固唾をのんで見つめていましたが、「はやぶさ2」から届いたデータから着陸成功が確認されると、大きな歓声が沸き、拍手の嵐が起き、2回目の着陸成功を意味するVサインを掲げました(図6、図7)。
最後に、津田プロマネの言葉──「太陽系の歴史のかけらを手に入れました。100点満点の1000点でした!」
とりあえずは、おめでとうございます! 歴史に残るオペレーションを成功させた「はやぶさ2」チームのみなさんに、絶賛の拍手を送りたいと思います。
*なお、上記の時刻については、「はやぶさ2」チームのツイートの記事を参考にしていますから、相模原でモニターした時刻です。「はやぶさ2」との交信に要する時間を考慮して、「はやぶさ2」のいる「リュウグウ時間」に直すと、13分半くらいを引かなくてはいけません。後で届いた画像のデータから推定して、実際に「はやぶさ2」がリュウグウに降り立った現地時間は、7月11日午前10時6分過ぎだったと思われます。詳細は、いずれ「はやぶさ2」から送られるデータが修正してくれるでしょう。
[図クレジット]図1 池下章裕/JAXA 図2~7 JAXA