この宇宙の片隅に―館長による宇宙コラム―

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この宇宙の片隅に(28)

2019年9月10日(火)

「アポロ」実況放送の途中ですが、臨時ニュースです。

【リュウグウの岩に夭折した若手研究者の名前】

 歴史的な快挙をいくつもなしとげている「はやぶさ2」には、大勢の人々の強力なチームワークが必要でした。その人々の中には、若くして他界した人たちもいます。

 一人は、飯島祐一さん(図1)。彼はかつて大きな成果をあげた月探査機「かぐや」で活躍し、「はやぶさ2」プロジェクトの立上げと開発にも大いに尽力しました。人工クレーターを撮影した分離カメラ(DCAM3)の開発においては、病床から会議に参加したりしていましたが、2012年、癌のため44歳で亡くなりました。「はやぶさ2」が最初のタッチダウンに成功した2月22日は、彼の誕生日でした。すでに小惑星120741に彼の名前(Iijimayuichi)が、国際天文連合(IAU)によってつけられています。私は、生前の彼の誠実な話しぶりを忘れることができません。生きぬいて思い切り働きたかっただろうに……。

図1 2007年に癌の手術後、家族と旅行に出かけたときの飯島祐一さん =家族提供。

 もう一人は、昨年の夏に38歳で亡くなった岡本千里さん(図2)。彼女は、初代「はやぶさ」と「はやぶさ2」のサンプラーホーン開発のリーダーだった人で、サンプル採集のための弾丸発射装置は、夜遅くまでコツコツと努力を重ねていた岡本さんやそれを受け継いだ人々の想いが凝縮し、歴史に残る快挙をなしとげました。彼女も草葉の蔭で喜んでいてくれるでしょう。

図2 ブレーメン大学の微小重力実験施設落下塔でサンプラー試験の準備をする岡本千里さん (2011年7月19日)

 さる8月22日、「はやぶさ2」チームは、人工クレーター付近の直径数メートルの岩に、この2人の研究者に因んだ名前を付けたと発表(図3)。衝突時に動いた大きな岩が「イイジマ岩」、びくとも動かなかった岩が「オカモト岩」。これらの岩の名前は今後、多くの論文で引用されることになることでしょう。なお、人工クレーターの縁にある三角形の岩は「おにぎり岩」、おにぎり岩が落ちそうになっていることからクレーターは「おむすびころりんクレーター」と命名されました。なかなか気の利いた命名だと思います。

図3 人工クレーター付近の命名

 もう一人、この機会を借りて紹介したい人がいます。初代「はやぶさ」の軌道計算で大活躍した木村雅文さん(図4)です。彼は私のテニス仲間で、「はやぶさ」はもちろん、月周回衛星「かぐや」では、高感度アンテナ制御に関するリーダーとして活躍し、ミッションの成功に大きく貢献しました。宇宙科学研究所の関係した探査機ミッションでは、いつも彼の姿が見られましたが、2009年8月、「はやぶさ」の帰途に他界しました。その後、小惑星 1997 YV2 (16853)が彼を記念して「Masafumi」と命名されました。

図4 在りし日の木村雅文さん

 夢をめざした仲間たちで、ゴールまで一緒にたどり着けなかった人たちを記念することは、とても大事なことです。「はやぶさ2」が、彼らの夢をかなえるために最後まで頑張ってくれることを願っています。

[図クレジット]図1 ご家族ご提供  図2,3 JAXA  図4 筆者提供

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