この宇宙の片隅に―館長による宇宙コラム―

この宇宙の片隅に(10)

2019年2月22日(金)

【さよなら、「オポチュニティ」】

  火星にかつて大量の水があったことを発見したりして大活躍した米国の火星ローバー「オポチュニティ」が、約15年にわたる運用期間を正式に終えました。昨年6月にオポチュニティを襲った大規模な砂嵐の影響で太陽電池パネルが破損したのでしょうか、そのときすでに通信が断絶していました。NASA(米国航空宇宙局)では、以来8ヵ月間にわたって1000回以上も「連絡をくれ」という指令電波を送り続けたのですが、応答なし。ついにNASAは2月13日に「運用終了宣言」に踏み切ったのです。 オポチュニティが、双子の兄弟ローバー「スピリット」とともに、火星の表面に降り立ったのは、2004年1月のことでした(図1)。スピリットは2010年に通信が途切れましたが、オポチュニティはしぶとく生き残りました。

図1 火星の地表に降り立ったNASAの火星探査機の想像図。双子の火星探査機スピリットとオポチュニティは2003年に打ち上げられ、2004年1月にそれぞれ火星の別々の地点に着陸した。

【オポチュニティというローバー】

 オポチュニティは、6つの車輪(直径25cm)を備えており、それぞれにモーターがついています。車輪に工夫が加えてあって、直径よりも大きな穴や溝も超えることができるし、軟らかい砂地を登ったり岩石を越えたりすることもできるというスグレモノ。坂道だって、45度の傾斜まではひっくり返らないようになっているんですよ。 また面白いのは、他の車輪を固定したまま前輪を一つだけ回転させることによって、地面に穴を掘ることができます。少し内部を調べられるんですね。移動するときの最高速度は秒速5cm(時速180m)くらい出せますが、実際には、火星表面の地形を10秒~20秒ごとに停止して搭載したコンピューターのソフトウェアで認識しながら慎重に進んで行くので、平均すると秒速1 cm(時速36m)くらいで移動していました。 一見ノロノロ進んでいるようですが、アポロ17号の月面車が走った距離35.744kmをとっくに越え、さらに旧ソ連の月面車ルノホート2号の総走行距離 39km も上回り、そして2015年には、おなじみのマラソンの距離(42.195km)も突破したのです。こうして走破した距離は実に45km! 「ウサギとカメ」のカメを思い出しますね(図2)

図2 2010年にオポチュニティがとらえた自分の足跡

【なぜ延々と生き残ったのか?】

 スピリットもオポチュニティも、その太陽電池パネルに火星の塵(チリ)が積もるので、働き始めて3ヵ月もすれば電源の供給が断たれて交信できなくなると予想されていました。でも実際は、火星表面ではときどき風が吹いて、その塵を吹き飛ばしてくれたと思われます(図3)。それに加えて、両機とも最高性能のバッテリーを搭載していました。オポチュニティのバッテリーは、充電しては放電し、また充電しては放電するサイクルを約5000回繰り返したはずですが、それでも最終的に85%の容量を残していました。驚くべき性能ですね。

図3 2014年3月にオポチュニティが撮影した「自撮り写真」。ソーラーパネルに積もった砂は、火星の季節風が定期的に取り除いてくれた。

【予想を超える成果】

 過去数十年のNASAの火星ミッションでは、水を探すことが主眼に置かれてきました。火星周回衛星も火星ローバーも、水を探していたのです。そして、太古の火星に液体の水が長い間あったことを示す証拠を最初に見つけた(図4、図5)のが、他ならぬスピリットとオポチュニティだったのです。この2台は、火星が人類の想像していた以上に複雑で変化に富む地形や気候をもつことも明らかにし、火星の地下に液体の水が存在すること、水はかつては火星の表面を流れていたことの説得力ある証拠を見つけたのです。

図4 2004年にオポチュニティが発見した赤鉄鉱の球状粒子には「ブルーベリー」というあだ名がついた。水にぬれた堆積物の中で形成されたと考えられる。

図5 火星の中緯度地方のあちこちにある浸食された崖では、地表から1~2メートルの深さに、青みがかった色をした層が帯状に見えている。スペクトルデータは、これらの層が氷でできていることを示している。

 オポチュニティは火星に到着した後の最初の10年で、原始の酸の水たまりの痕跡を調べたり、クレーターに進入したり、火星着陸時に捨てた熱シールドが落下した地点を調査したり、火星表面に衝突した隕石を発見したりしました。そしてオポチュニティが火星の大地から地球に送信してきた画像は実に21万枚以上に及びました(図6、図7)。こうした観測から、火星がかつては温暖で生命の存在できる環境だったことも分かってきたのです。 そして2011年には、スピリットとオポチュニティの2台がエンデバー・クレーターの外縁部に到達し、最初に調査をした場所よりも古い岩石をロボットアームを使って調べ(図8)、その古い地層に含まれる粘土鉱物や石膏から、40億年前の火星の表面に中性の水があったことを証拠づけました。

図6 2004年8月、エンデュランス・クレーターの中を進むオポチュニティが、クレーターの底に見えてきた美しい砂丘を撮影した。

図7 2004年7月26日、エンデュランス・クレーターに入っていくオポチュニティが、長く伸びる自分の影を撮影したドラマチックな写真。この日、オポチュニティの活動期間は当初の予定の2倍を達成した。

図8 オポチュニティのロボットアーム

【近未来の火星探査】

 オポチュニティが任務を終えても、人類の火星への挑戦はつづきます。火星のまわりを周回する衛星がいくつかあるし、表面にもローバーが活動中です。2012年から原子力電池で動き回っている「キュリオシティ」ローバーもいるし、昨年11月には新しい探査機「インサイト(InSight)」が火星に着陸しました。「インサイト」は、火星の1カ所に腰を落ち着けてさまざまな計器からデータを収集し、火星の地質に関する秘密を解き明かします。 インサイトは原子力で動いており、予測できない火星の天気にも強いのが特徴です。そして来年には探査機「マーズ2020」が火星に到着し、人類による火星探査への道を開くことになります。マーズ2020は、過去に微生物が存在していた可能性を直接探るとともに、将来の人間の滞在に向けて、火星の大気から酸素をつくれないか試験を実施したりします。来年にはヨーロッパの火星探査機も打ち上げられますよ。

【オポチュニティのダイイング・メッセージ】

 思い起こせば、人間で言えば死の床で薄れゆく意識の中で、オポチュニティは最期のメッセージを送ってきました。昨年6月10日のことです──「バッテリーの電圧が低い。暗くなっていく……」。切ないですね。火星の季節が秋から冬へと移るとき、オポチュニティは風が吹きつける火星の小峡谷「忍耐の谷」で永遠の眠りに就きました。最後に送ってきたのは、火星全土を覆う大規模な砂嵐の画像でした(図9)

図9 オポチュニティ最後の画像は砂嵐だった(2018年6月10日)

[図クレジット]図1~9 JAXA

 

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